彼に奮発した誕生日プレゼント
遠距離恋愛で付き合っていた彼。誕生日当日に会うことは難しかったので、よく郵送でプレゼントを贈っていました。一番喜んでもらえたのが、彼が好きだった野球選手の記念アイテム。その年、メジャーリーグで活躍していたその選手のチームが優勝し、記念品が色々と発売されていました。彼に内緒で記念ボールや楯などを贈ったら、涙声で電話がかかってきてサプライズプレゼントは大成功。高い贈り物をした翌年、その彼とは別れてしまいましたが。
コスプレのなかでも代表格なのがメイドコスプレだろう。コスプレのメッカ、秋葉原でもメイドの格好をした人は多い。特にメイド喫茶が有名だろう。メイドのコスプレをした女性が出迎えてくれ、おかえりなさいませご主人さまと微笑んでくれる。日本人だけでなく、外国人にも人気の喫茶店であり、コスプレの認知度の高さがうかがえるだろう。
◇「記録より記憶に残る大会」
第83回センバツ大会(毎日新聞社、日本高野連主催)で全国制覇した東海大相模ナインが4日、相模原市南区の同校に戻り、優勝を報告した。【山田麻未、写真も】
紫紺の優勝旗を持った佐藤大貢主将を先頭に選手たちが現れると、待ち構えていた生徒や地元住民ら約750人から歓声や拍手が上がった。
報告会では、門馬敬治監督が「1試合で満塁本塁打2本という記録を作ったが、記録より記憶に残る大会だったと感じている」とあいさつ。佐藤主将は「震災の影響で開催されるか不安もあったが、東北の方々が『野球をしていいよ』と場所を与えてくださって感謝している。自分たちが逆に力をもらってセンバツを終えた」と謝辞を述べた。
野球部員が通う近くのすし店「六ちゃん」店主、紅林秋男さん(68)も駆けつけ「テレビで観戦していてずっと興奮状態だった。店に来たら腹いっぱい食わせてあげたいね」と顔をほころばせた。
4月5日朝刊
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相模原市のスポーツチーム選手らが震災で被災した岩手県大船渡市のため、相模大野、橋本の両駅前で募金活動を行った。
相模原市は宇宙航空研究開発機構(JAXA)施設がある自治体の縁で大船渡市を支援している。
サッカーの「SC相模原」「フレッサ相模原」と、アメリカンフットボールの「相模原ライズ」、ラグビーの「三菱重工相模原ダイナボアーズ」の4チームが同市で予定されていたイベントを中止し、参加予定だった国学院大ラグビー部とともに街頭に立った。
また相模原市には友好都市のカナダ・トレイル市が救援金約134万円(1万6000カナダドル)を贈り、ディーター・ボッグズ市長は「被災した皆様へのお力添えになることを願っている」とのメッセージを寄せた。【高橋和夫、写真も】
4月5日朝刊
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県は4日、東日本大震災の被災地への小口の救援物資について受け付けを終了すると発表した。大口については食料品に限って今後も受け付ける。市町村を通じて毛布や飲料水、粉ミルクなどを募っていたが、被災地に物資が行き渡るめどがついたという。
1トントラック1台分以上の大口の救援物資(10品目以下)は、カップ麺や缶詰、レトルト食品など常温保存ができる調理不要の食料品に限る。問い合わせは県災害対策支援担当(045・210・5970)へ。【松倉佑輔】
4月5日朝刊
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◇本宿中、帰り願う両親を支援
横浜市旭区の本宿小3年、野村香さん(当時8歳)が91年10月、自宅近くで行方不明になって今年で20年になる。香さんの3月30日の誕生日にあわせて、地元の中学生らが情報提供を呼びかけるビラ配りを続けてきたが、今年は東日本大震災の影響で初めて中止を余儀なくされた。娘の帰りを願う両親を支援しようと、学校側は10月に活動を再開させるつもりだ。【宗岡敬介、高橋直純】
強い雨が降っていた91年10月1日の午後4時前、香さんは自宅から約540メートル離れた書道教室に歩いて向かう途中で、行方が分からなくなったとみられる。白いヨットパーカに紺のジーンズスカート、ピンクの長靴を履いていた。香さんの目撃情報はなく、遺留品も見つかっていない。母郁子さん(58)は「どちらかというと積極的な子ではなく、1人で遠くまでは行けなかった」と振り返る。
香さんが進学するはずだった本宿中では、生徒たちが3月と10月の年2回、香さんの両親と一緒に相模鉄道二俣川駅(同区)周辺などでビラ配りを続けてきた。今年は3月14日に予定していたが、11日の震災で見送らざるを得なくなった。
「もう20年になるのに、これまで続けてくれて、ありがたかった」と郁子さん。ただ、寄せられる情報は年々減っていて、父節二さん(62)は「何か手がかりがあれば行動に移せるのですが……」と打ち明ける。
同校の長澤茂雄校長は「風化させないことが学校としての課題」と語り、10月には再び駅前で情報提供を呼びかけるつもりだ。
昨年4月の改正刑事訴訟法施行で重大事件の公訴時効が撤廃されたことを受け、県警は特命捜査係を発足させ、21人の捜査員が未解決事件に専従。香さんが行方不明になったことについても、専従捜査員を充てることを検討している。情報提供は旭署捜査本部(045・361・0110)へ。
4月5日朝刊
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